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ルター派でよかったと思いませんか

 ルーテル教会の牧師集団の中には、当然のことながらルター研究者が多くいます。その中にあって私は、王道であるルター研究からは距離を置いて、福祉や医療との接点領域での神学を主な研究テーマとして学んできた者です。ですから、歴史神学領域でルターを語る資質には欠けていると自覚しています。

 ですからこの原稿で取り上げるのはルターの著作そのものではなくて、ルターの薫陶を受けたと思われる学生たちが、そのノートに書き留めたといわれている「周辺資料」としての「卓上語録」にとどめたいと思います。

 私が牧師の仕事をしていて、たびたび「ああ、ルーテル教会でよかった」と思う瞬間に出くわします。キリスト教文化圏に生きているわけではない私たち日本人は、キリスト教の教派についての必然性に乏しい民族だということができるでしょう。2世3世のクリスチャンには、ある程度は教派との出会いの必然性は認められると思いますが、私のような1世のキリスト教徒には、どの教派の教会と出会うのかは、全く偶然に任せられていると言って良いと思います。私は中学高校と6年間、たまたま入学したミッションスクールで、カルヴァン派の神学教育を受けた先生たちの薫陶を受けて後、1年間バプテスト教会に通い、そして結局、当時学籍を置いていた日本ルーテル神学大学での出会いを通してルーテル教会に腰を落ち着けることとなりました。私はカルヴァン派の神学教育も、バプテスト派の神学教育も受けてはいませんが、それぞれの教会の特徴を「空気」をとおして感覚的に知っているつもりです。カルヴァン派やバプテスト派の倫理的土台は、極論すれば「禁欲主義」的です。マックス・ウェーバーが教えたように、その禁欲主義的倫理が資本を生み出し、資本主義の土台を据えたということなのでしょう。

 私がルーテル教会と他教会との違いを論じるとき、いつも思い出すカナダ制作のテレビドラマがあります。「赤毛のアン」で有名なプリンスエドワード島を舞台としたドラマ「アボンリーへの道」。その作品「シーズン5」中に、「牧師の妻(The Minister’s Wife)」と題された作品があります。今から100年以上前のこと、スコットランド系の住民しかいないその村には長老派の教会が一つあります。村人全員の生活の中心と言って過言ではないその教会に、アジアでの宣教を経験した新しい牧師が赴任してきます。ユーモアのセンスにあふれたその牧師は、その村での初めての礼拝説教で「悪人が一人もいないこの村では、悪魔も商売あがったりです」とユーモアたっぷりの説教を展開しますが、会衆はみな眉間にしわを寄せて一人も笑ってはくれないのです。牧師夫人は、カラフルで明るい色彩の服や帽子を好んで身につけますが、これも長老派的な質素倹約の精神とは合わないということで、教会の役員会(長老会)で問題とされてしまいます。そこで牧師が語ったセリフが興味深かったのです。「かのマルティン・ルターも『笑いは神のもっとも素晴らしい賜物だ。悪魔は人々の笑いに耐えられない』と語っている」と牧師が発言すると、役員の代表格とおぼしき人物が一言「わしらはルター派じゃない!」と宣言する場面です。これほど鮮やかで興味深い教派比較はなかなかありません。

 私は米国のルーテル教会の奨学金をいただいて、1年間米国の神学校で学ぶ機会をいただきましたが、米国の福音ルーテル教会の礼拝説教で、最も大切にされている要素の一つが「笑い」であると感じていましたから、ルターの発言といわれるその「笑いについての考察」に、ルーテル教会の「明るさ」の秘密を見る思いがするわけです。

 さて、肝心のルターの「卓上語録」ですが、テレビドラマで牧師が語った内容は、私が所有している簡易版の「卓上語録」(中公バックス世界の名著23)に発見することはできませんでした。しかし、その内容が大変似通っているルターの発言を見つけることができました。「音楽について」と題された文章は、以下のような内容です。「音楽は、神のもっともすばらしい賜物の一つである。悪魔はたいへん音楽がきらいなので、これで多くの誘惑や悪い考えが追い払われる。悪魔は音楽が耐えられないのだ」。

 そして、キリスト教徒がこの人生を感謝して生活を楽しむことについて、「卓上語録」の「ルターとビール」の項では次のように述べられています。「私が思うに、フィリップが天文学を論ずるのは、私が重い考えをいだいているときに強いビールをひとのみするようなぐあいである」。

 ルーテル教会の歴史をひもとけば、そこには敬虔主義の流れをくむ禁欲的グループも確かに存在します。しかし、ルーテル教会の主流にある考えは、神からいただいたこの人生を輝かせ、楽しむことにあると私は感じています。ルターの盟友メランヒトンは、天体観測を趣味としていたようです。ルターは、ビールとワインをこよなく愛する典型的なドイツ人。そして私は、アルコール類は一切飲めない下戸ですが、趣味を楽しむことを怠ったことは一度もないルーテル教会の牧師です。私のこの放言を、ルターは笑って見ているような気がするのですが、いかがでしょうか。


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